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せどり

運命を証明する。

私は普通の人より手品とか奇術については詳しい。
だからこれは奇術だ、マジックだと言えるのです。

ただ、奇術やマジツクに詳しい人は
絶対に種明かしをしてはいけないというルールがあるので、
種明かしは基本的にしません。

久村さんが見せてくれるなかには、
マジツクでできるものありますが、
どう考えてもマジツクにはなり得ない、
マジックでは絶対無理だというのがいくつかあります。

たとえばこういうものがあります。
カウンターに座った五人の真ん中あたりの人に、
久村さんがトランプを一組渡し、
「好きなカードを五枚並べてください」と言います。
お客が「内側を見てもいいか」と尋ねると、
「もちろん見てもいいですよ」と答えます。
お客にはどんなカードかがわかってる。
久村さんにはわからない。
そういう状態です。

久村さんはお客が並べた五枚のカードをじーっと見ながら、
もう一組のトランプを取り出し、
裏返しで自分の前に五枚並べます。

その上で、こんなことを言います。
「今、五枚並べましたよね。
今から好きなように並べ替えてもいいです」

すると客は、一枚目のカードと五枚目を入れ替えたり、
二枚目と四枚目を並ベ替えたりします。

それに対して久村さんのほう
のカードはー切替えません。

「いいですか、それで?」
「いいです」
「じや、開けますよ」と久村さんが言った瞬間、
「あ、もう一回やります」など
というお客がいます。
久村さんが「いいですよ」と言うと、
二枚目と五枚目を入れ替えたりします。

そうしたやりとりのあとで、久村さんが開けます。
その開けた五枚とお客が並べた五枚がー緒なのです。順番も同じ。
すると五枚並ベたお客が、
「ああ、並ベ替えなきやよかった」
と、決まって同じセリフを口にします。

私は初めて見たときに、
これは奇術かマジツクかと疑いました。

次に行ったとき、私は久村さんの手元の五枚だけを見ていました。
久村さんがカードに手を触れるのかどうかに関心があったからです。
しかし久村さんは机の上に五枚並ベたきり、
まったくカードに手を触れませんでした。

そのときも最後に、
「じや、開けますよ」
「あ、ちよっと待ってください。もうー回やります」
となって、お客がーと四の順序を入れ替えた。

ところがカードを開くと
カードの中味と並びがー緒なのです。

久村さんは開けたときの絵を見ていただけです。
つまり、取り替えた瞬問に、その一と四が合ってしまった。

取り替えなければ
一と四が違っていたのに、
取り替えた結果として、
久村さんが並べたとおりになってしまったのです。

何回やっても同じです。
久村さんは開けたときの絵を見ているだけで、
そのとおりに並べてみせます。

「じゃ、じたばたしても仕方がないわけですか」
と私に聞いた人がいますが、
じたばたしたからそうなったのか、
じたばたしなくてもそうなったのかは
神のみぞ知るなのです。

私が五人の真ん中に座ったことがあって、
そのときは私はカードを裏返しのまま切って、
絵柄を見ずに自分の前に五枚並べました。
久村さんはそれをじっと見ながら、同じように五枚並べ
「どうぞ入れ替えてください。
好きなようにいじくってください」と言いました。

私は、「入れ替えません」と言いました。
自分が何のカードを並ベたのか知らないのですから、
入れ替えようが入れ替えまいが、
まるで関係ありません。
人れ替えても意味はないのです。

「本当にいいんですか」
「いいですよ」
「じゃ、開けますよ」
で、そのまま開けました。

五枚とも、順序も絵柄も同じでした。

私が久村さんを知ったのは、
三十年前に旅先である男性に会ったことがきっかけでした。

男性は自分の腕時計を私に見せ、こう言いました。
この腕時計のガラスにひびが二、三本入っていた。
このひびを、ある喫茶店のマスクーが指先でツツツツとやると、
ひびがなくなってしまうという話を聞いた。

その嚀を聞いて時計を持って行き、
「これ、直してください」とお願いした。
指先でツツツツとやるとひびが消えた。
完全にきれいなガラスになった。

「それがこれです」と時計を見せてくれました。
その男性は、ウそをつくような男ではありません。
へえ、すごい人がいるのだなと、
それが久村さんを知った最初でした。

それから三十年。
その間に五、六回は行きましたが、
いちばんおもしろかったのは、その五枚のカードです。

このトランプの話は、
結局、開けたときの絵を見れば、その結果は、同じだったということです。

多くの人のように並ベ替えて並ベ替えて、
どんなに入れ替えても結果は同じ。
私のように絵柄を見ないでー回も入れ替えなくても結果は同じ。

じたばたしてもしなくても結果は同じだったということです。

それがわかると、
人生もそういうことになっているのではないか、と気づきます。
人の運命もそうなっている、
決まっているのではないか。

そうであれば、人生、じたばたしてもいいけど、
じたばたしない選択をしても結果は同じ、
ということになります。
引用元
淡々と生きる

(「キンクコング」エンパイアステートビルの空中戦。ナオミワッツとの別れ。)

(初号機が使徒を喰って、拘束具が外れる。TV版)

(「初号機が使徒を喰って、拘束具が外れる。TV版」が映画版ではこうなった。)

(「キングコング」コングが怪獣の舌を噛み切る。)

(巨神兵、東京に現る。)

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竜馬と空海にはつながりがあった。

作成者: おとくさん

辛いとかきついとか苦しい目にあったりする意味 は辛いとかきついとか苦しい に 感謝する 愛する ( 差別しない 仲間にする ) 訓練 って気付いたら 脳が乗ってきた

脳が描く 図形 イメージの流れ

生きる 苦しむ 意味
= 訓練
= 辛い きついを
= 感謝する 愛する
= 公平 普通 差別しない 仲間にしてもらう 仲間と繋がる

自由
= 夢中 無心 無 愛 ( 差別してない 仲間になってる 状態 )

図形 絵を描く イメージする
https://photos.app.goo.gl/vCLmsT3js7vjo3FEA

脳が描く 図形 イメージの流れ の別バージョン

・死ぬ意味は
→死ぬのを差別しないで
→死んだ仲間とつながるために
→死ぬのを普通にする訓練
→死ぬのを感謝する訓練
→死ぬのを愛する訓練

・拷問される意味は
→虐待されてきた仲間とつながるために
→虐待されるのを差別しない 普通にする
→虐待されるのを感謝する 愛する訓練

・辛いきつい目に合う意味は
→訓練
→辛い きつい目を 愛する訓練
→辛い きつい目を感謝する訓練
→辛い きつい目を 差別しない訓練
→辛い きつい目を 普通にする訓練
→辛い きつい目にあってる仲間と繋がる 訓練

・辛い きつい時にこそ これを唱え続ける

辛い きついの例

死ぬ いじめ 虐待 拉致監禁 晒し者 被災 難民 火あぶり 生き埋め 溺れる 大怪我 全身不随 拷問 処刑

仲間にしてもらう 仲間と繋がる

・皇帝ペンギン ラクダ クマムシ
・特攻隊 被災者 難民 拉致監禁 生き埋め 生贄 拷問 処刑 死んだ人
・苦行 修験道 冒険 探検 アスリート

・脳は2つのことを同時にやろうとすると どちらも曖昧になる

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